旅の最終日。8時半にチェックアウトし、歩いてJR松山駅へ。
9時発の高速バス(なんごくエクスプレス)で一路、高知に向かう。
3時間かけて高知に到着。着いたのは、よさこい節にも歌われている「はりまや橋」。
土佐の高知の はりまや橋で〜 坊さんかんざし 買うを見た〜 よさこい よさこい
しかし現在は川は埋められメインストリートの大通りになっているので「橋」というのは地名のみ。
有名な橋だけにちょっぴり残念ですが、当時のはりまや橋を模した復元レプリカが近くにあるそうです。
街は想像していた以上に賑やかで、平日ながら観光客も多く見られました。
まずは土佐藩のシンボル、高知城にお参り。
シンプルで控えめなところが渋い。
たとえば姫路城は「お姫様」、大阪城は「成金社長!」って感じだけど(笑)、高知城は本当に「武士」って感じのお城。
城の敷地内には、板垣退助(いたがきたいすけ)像があります。
板垣退助は70年代まで使われていた100円札の肖像の人。
彼は戊辰戦争で活躍しましたが、征韓論で派閥争いに破れ、西郷隆盛と時を同じくして明治政府を去ります。
その後は、政治を一部の特権階級だけのものではなく、身分や生まれに関係なくどんな人にも開けたものにしようと努めた政治家。自由民権運動は有名ですよね。
さて、土佐で幕末といえば。もうこの人以外にいないでしょう。
僕が今回の旅で選んだのは、薩摩「島津斉彬」長州「吉田松陰」、そして土佐は「坂本龍馬」です。
この人は「ビジネスマン」で、彼が一番やりたかったことも貿易を中心とした商売でした。
日本で最初の会社といわれる「亀山社中」(のちの海援隊)を創設し、世界中の人たちと仲良く商売をすることを夢見ていました。
彼のあまりにも進んだ考え方は、当時の人にはほとんど理解されなかったと言われます。
まず一国一城の時代に「日本」というワードを連発している時点でスケールが大きいですよね。
今の時代に例えるなら、僕たちが「日本人」であるという視点でなく「地球人」であると認識して事に臨むという感じでしょうか。
龍馬自身も
世の人は われをなにとも ゆはばいへ
わがなすことは われのみぞしる
と残しています。
あんまり世間の常識とズレているので、馬鹿にされることも多かったんだとか。
でも周りが何と言おうとも、自分のなすことは、自分だけが分かっていればいいんだ、ということ。
かっこいいですね。
桂浜にある坂本龍馬記念館では、そんな龍馬の生涯を楽しく学ぶことができます。
また桂浜には坂本龍馬像や、おいしいカツオが食べられるレストランも。
びっくりするほどおいしかった。
さて『ぼくらのふるさと』シリーズもこれにて終了となりますが、いかがだったでしょうか。
これを読んで下さっているファンの皆さんにはあまり興味のないこともあったかもしれないですが、やりたいことが思う存分できて僕はとても楽しかったです。笑
活動休止期間の前半1年は世界の色々な国を訪れて、価値観の変革を。
後半1年は自分のふるさとである日本を掘り下げて、理解の深化を。
音楽とは別の角度から、本当に本当に学びの多い2年を過ごすことができました。
とりあえず一区切り、活動休止期間のすべての企画はこれにて終了です。
2018年が終わりに近づき、いよいよ活動再開が来年に迫ってきました。また改めてお知らせしますが、来週の12/18にはCDの全国リリースから5周年を迎えます。
ここからまた音楽で、皆さんと楽しい時間をいっぱい作って行きたいと思っています。
最後までお付き合い下さって本当にありがとうございました。
完